明治22年(1889)洪水で北上川底から発見された欅の巨木を、当時仙台でも指折りの資産家だった八木久兵衛氏が買い取り、一本の欅から天井板・柱・長押・敷居から戸障子の桟に至るまでを作りだし、5間×3間に半間廊下を四方に廻し書院とした。明治36年6月16日着工、竣工は明治41年12月で、場所は仙台市南六軒町(現土樋・東北学院大学構内)であった。
昭和18年、戦禍を避けるために当山に寄贈され五雲閣と命名された。
書院欄間の両面透かし彫りを始め、二室を隔てる欄間は粋で精徽であり、小さな釘隠しも上品である。
ガラス板も当時のもので手作りの為、室内から外を見ると所々ゆがんで見える。
通常、貴賓室として使用しており、一般には公開しておりません。